なかなかの壮絶な幼少期 *過去回想

プライベート

こんにちは、たけちよです。

今日は、自分の過去(幼少期)について少し話をしたいと思います。

大学を卒業し、「大手旅行会社」 → 「人材系ベンチャー転職」 → 「東証一部上場企業役員」 → 「フリーランス」とここだけ切り取ると悪くないキャリアなのですが、それまでは非常に苦難の人生でした。

私の幼少期のエピソードです。。。

小学6年生までに、3人の母親が入れ替わりました。

私が、5歳の頃、両親の仲が悪く、よく喧嘩をしていました。

部屋の中で、灰皿が飛んだり、椅子が飛んだりしたので、テーブルの下で兄とよく隠れていたことを覚えています

そのような状況でしたので両親は別居し、離婚するまでの約半年間は、父親の家、母親の家を週単位で交互に行き来していました。

離婚後、父親側に嫌々付いて行かされたのですが、すぐに別の女性が泊まるようになりました。。

この女性は、暴力が酷く、毎日のように兄や私を布団叩きで引っ叩きました。

しかもフルスイング。太ももは常に腫れていました。

朝ごはんは腐ったモノを食べさせられ、保育園で毎回吐いていたのをよく覚えています。

親父も感情的な人で、機嫌が悪いとよく殴られました。。

まぁ、幼少期は周りの人よりも、なかなか壮絶だったと思います。

何か困ったことがあっても、話を聞いてくれる人もいなかったので、寂しかったのですが、誰にも相談せず、常に自分で考えていました。

DVの女性は私が年長になるといなくなり、その後すぐに別の女性が来ました。

この3人目の女性はとても優しく、血の繋がっていない自分を可愛がってくれました。

ただ当時の私は、「自分以外は誰も信用できない」というヒン曲がった人格でしたので、完全に反抗期でした。

そんな私を見捨てずにいてくれたので、徐々に心を許して今に至ります。。

ざっと、こんな幼少期だったのですが、当時はなんで自分の人生はこんな最低なのかと辛かったものの、今思うとこういう経験をしていて良かったな。。とも思っています。

社会では、結果を出すには、知識や業務効率も必要ですが、特に当時は自立(メンタル)と考える力が必要でした。

幼少期の経験があったことで、辛さを乗り越えるという耐性が付き、周りよりも立ち止まることがなくガムシャラに行動できていたと思います

この経験をして学んだことは、2つで、、

● 現在がマイナスでも、将来はプラスになっていることもある

逆に、

● 今プラスでも、将来はマイナスになっていることもある

ということです。

「人間万事塞翁が馬(じんかんばんしさいおうがうま」という言葉も大切にしています。

*この諺は次回のブログにしておきます。

皆さんは、どんな幼少期を過ごされていましたか?

過去でも現在でも、辛くて暗いエピソードがあったとしても、未来はプラスになっていることもあります、大切なのは、今を一生懸命生きることです。

では、また。。

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